大切なものは

第 14 話


「こんな所で何をしているんだ」

謁見を終えたルキアーノ、ジノ、スザクの三人が、ラウンズ専用の控室に足を踏み入れた途端、スザクは怒りに満ちた声でそういった。怒鳴ったわけではないが、それに近い、怒りを押し殺したような声だった。ここまで不快感と怒りをあらわにしたスザクの声などめずらしい。どちらかといえば、スザクは表情こそ厳しく笑う事も無いが、温和で争いごとを好まない性格だと短い付き合いで皆知っていた。賊や敵に対して怒鳴ったりする事はあるが、同僚に対しこんな話し方はしないと認識していたのだが。
スザクは周りの空気など無視し、つかつかと歩みを進めた。
目指す場所には、ソファーに座り「煩い奴だ」とこちらを睨みつける人物は、キャメロットの医務室で眠っていたはずのジュリアスだった。病衣ではなくいつものラウンズの制服で、彼は何事も無かったかのようにここにいた。
スザクはジュリアスの前まで足を進めると、ソファーに座るジュリアスを今にも締め殺しそうなほど怒りのこもった目で見降ろした。その姿に、同じくこの部屋にいた歴戦の騎士であるドロテアは息をのみ、ジノもまた思わず息をのんだ。あのルキアーノでさえ、予想外の殺意に驚き立ち尽くしたが、すぐに面白そうだと顔を歪めた。
その殺気を当てられているジュリアスは、不愉快そうに息を吐いた。

「ラウンズの控室に私がいて何か問題があるのか?」
「君は、安静にするよう言われたはずだ。何故ここにいる」
「安静にする必要がないからここにいる。そんな事も解らないのか?」

馬鹿にするかのように笑ったジュリアスは、スザクの事など気にせずテーブルの上にあったチェス盤の駒を動かした。黒の騎士がコトリと音を立てて盤面を移動する。その対面に座っていたノネットはすぐに気を取り直し、厳しい視線でジュリアスを見た。

「今の話は本当か、軍師殿」
「枢木が大袈裟なだけだ。休養が必要ならこんな所にいるはずがない」

そう言って笑うが、果たしてそうだろうかとノネットは考えた。ジュリアスが隻腕だった事を先日ビスマルクからは聞いているが、切断されてから日も浅く、熱もある状態であの日挨拶をしていたとも聞いた。そんな人物の話など信用できるものではない。

「悪いが、信じられないな。体調を万全に整えることもまた騎士の務め。そのような体調で出て来られても迷惑なだけだ」
「エニアグラムは、私よりも枢木を信じるか?」
「この件に関しては、枢木の方が信頼に値する」

不愉快気にノネットを睨むジュリアスと、その鋭い視線を受け止め引かないノネット。そしてイライラと二人の会話が終わるのを待つスザク。ピリピリとした空気を破ったのは、新たにこの部屋へ足を踏み入れた者だった。

「一体何の騒ぎだ?・・・何故ここにキングスレイがいる?」

ジュリアスが居ることに、ビスマルクもまた険しい表情となった。

「お前までそれを言うか。私は陛下の為にしか動かないことぐらい知っているだろう」

当たり前のように言うジュリアスに、ビスマルクは僅かに眉を寄せた。

「・・・陛下の為に?」
「そう、陛下は私をラウンズとして召し抱えた時にこう言われた。いついかなる時であろうと、陛下を護るための剣となり、盾となれと。任務で皇宮を離れている時以外は、常に傍に控えよと」

その言葉が何よりの褒美だと言わんばかりにジュリアスは楽しげに言った。
そこで、ようやくスザクとビスマルクは気づく。
ルルーシュが体調不良を押してでもここにいるのは、皇帝がかけた記憶改竄のギアスの影響なのだと。その命令に逆らうことなく、ルルーシュは常に皇帝の声の届く場所にいようとするのだ。緊急時以外、夜間は部屋に戻るよう言われているから問題ないが、昼間はラウンズとして側に控え、書類仕事などをこなし、陛下の役に立とうとする。
ざわりと肌が泡立ち軽くめまいがしたが、スザクはすぐに持ち直した。同情など必要無い、これは罰だ。ユーフェミアにしたことと、同じことをされているだけ。いや、あれよりもずっと軽い。

「キングスレイ、陛下はまず体を休める事をお望みだ。治療に関しての手はずは枢木に一任された。これより治療に関しては枢木に従うように」

ビスマルクの言葉に、ジュリアスは不愉快気に顔を歪め立ち上った。

「陛下に直接お聞きする」
「そうか、陛下の直接のお言葉でなければ、曲げぬか」

いや、曲げられないのか。

「当然だ。私にとって陛下こそが全て。陛下のお言葉以外、聞き入れるつもりはない」

そう言って歩き出したジュリアスだったが、かなり辛いのだろう、体がふらりと揺れ、スザクは慌ててその体を支えた。

「その体に問題が出ている事を自覚しているなら、今は自分の身を大事にする事を考えるべきではないか?自分の命を粗末に扱うな」

本来なら、厳しく叱咤すべきなのだろう。そのような体で何が出来ると。足手まといにしかならないし、緊急時には対処できなくなるとでも言うべきなのだろう。だが、恐らくルルーシュはどんな体調であろうと緊急時に対処し、敵をせん滅させるための策を弄し、兵士たちを動かすだろう。
おそらくこのギアスでは、死の直前まで無理を押し通す。
そしてそれはルルーシュ自身の意思ではない。
だから、騎士である事を訴えても意味はない。

「私にとって大事なのは、皇帝陛下ただ一人。私の命などどうでもいい」
「ジュリアス!」
「私が守るべきものは、陛下、だけ・・・」

美しくも冷たい悪魔の笑みを浮かべ、自信に満ちた声で陶酔するように言っていたジュリアスだったが、突然そこで言葉を止めた。

「陛下だけ・・・陛下だけ?私が守るのは、陛、下・・・?・・・っ違う!違うっ!私が、俺が!護るのは!!」

呆けたようにつぶやいていたジュリアスだったが、自分の言葉が理解できなくなったかのような表情をした後、苦しげに顔を歪め、頭を押さえながらその場にうずくまった。

「俺、は・・・っ」
「ヴァルトシュタイン卿、どうやら体調が悪化しているようですので、このままキャメロットに運びます」

カツカツと靴音を鳴らし、ジュリアスの背後に立ったスザクは屈むと同時にジュリアスの首筋に手刀を落とした。一瞬うめいた後、ジュリアスは意識を手放し、スザクの腕に抱きかかえられた。

「いや、その前に陛下の元へ連れていく」

そう言ってジュリアスを抱きかかえたスザクを従え、ビスマルクが部屋を出ようとした時、ノネットが声をかけた。

「ヴァルトシュタイン卿、今のは一体何なのですか?」

あまりにも不可解なジュリアスの言動。
スザクとビスマルクの対応も、何かを隠しているようにしか見えない。
ノネットだけではなく、ジノを初めとしたラウンズ全員の視線が、ビスマルクとスザクに向いていた。

「・・・キングスレイは幼いころの記憶を無くし、今も記憶が不安定なのだ。体調を崩したことで精神面にも影響が出たのだろう。ジュリアスが信頼しているのは陛下だけ。治療を始める前に、一度陛下と対面させ精神を落ち着かせなければならない」
「記憶が・・・?」
「必要とあらば陛下がお話しするだろう。今は余計な詮索をするな」
「はっ、失礼いたしました」

再び歩き出したビスマルクはスザクとルルーシュを連れ謁見の前向かった。

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